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SRSについていくことを決めた

自己手配でタイに行くことを決めたものの、情報が少ない!わたしがやったこと、疑問に思ったことを書いてみます

タイ7日目(術後4日)

ヤンヒー病院の生活

1月2日、退院日。

 

朝の血圧・体温測定をしたり、ごはんを食べたり、薬を飲んで荷物をまとめる。

 

10時半ころにドレーンが抜かれた。

看護師二人が部屋に来て、胸を圧迫していたバンドをはずしてドレーンを抜く。

ガーゼも一度全部はがすので、本人はそのとき初めてまともに自分の胸をみた。

丁寧か雑かよくわからない消毒をしてくれて、ガーゼをはりなおして

ドレーンの傷跡にはばんそうこうを貼ってもう一回バンドをまいた。

 

ドレーンを抜いてから一時間安静にしていろというので一眠り。

一時間経ってから久しぶりに自分の服に着替えていました。

 

私服に着替えたのをいいことに病棟を抜け出してセブンイレブンに行こうとする。

が、すっかり顔を覚えられているのでばれた。

「セーウェン?」と聞かれて頷くと手首に巻かれているバンドを外してくれた。

タイ語で7はセーウェン)

晴れて解禁ということで久しぶりに外の世界に出てタイの暑さを実感したのでした。

 

 

お昼過ぎ、日本語スタッフが病室に来る。

ずっとやり取りしていた人は休みに入ったので初めてあう人。

 

退院後飲む薬の説明や、術後の説明を受ける。

あとヤンヒーに対するアンケートをなかなかの量書かされた。

 

同じタイミングで入院していた日本人と写真を撮ったり、

ナースステーションに入り込んで写真を撮っているうちに退院の時間

 

アテンドがついていればその人が迎えに来てくれるけど、どうなるんだろうね?

と話していたら13時半に病室に看護師が来てくれて、タクシーに乗せてくれた。

 

退院後はヤンヒーの日本語スタッフが手配してくれた近場のサービスアパートなので

そこまでタクシーで行きました。

 

(ちなみにこのときわたしはスマートフォンを紛失します。)

 

 

なんともシンプルな部屋で、近くのセブンイレブンで買い出しも済ませてこの日は終了。

 

廊下の音がよく聞こえたしなんだか落ちつかないし、なかなか寝つけなかった。